大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)345号 判決

上告人

福島久直

右訴訟代理人弁護士

大門嗣二

被上告人

長野県

右代表者知事

吉村午良

右指定代理人

尾川博美

西山馥司

篠原寿人

右当事者間の東京高等裁判所昭和五六年(ネ)第七三〇号地位確認等請求事件について、同裁判所が昭和五八年一二月二一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大門嗣二の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人は、いわゆる日々雇用の非常勤職員に任用されたものであって、その任用予定期限の経過をもって当然退職したとする原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひっきょう、独自の見解に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 髙島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖)

上告理由

第一 原判決には、期限付任用についての地方公務員の解釈・運用を誤った違法がある。

一 地方公務員法は、一般職の地方公務員の任用について、一七条による正規の任用と二二条による臨時的任用の二つの方法を予定している。

正規の任用は、任用の根本基準である成績主義の原則に基づき、競争試験または選考によって行なうことを建前とする。(一七条三項・四項)

これに対して、成績主義の例外として、一定の事由がある場合には正規の任用の特例として臨時的任用制度が設けられている。そしてこの臨時的任用が認められる場合については、極めて厳しい条件が法定されている。すなわち臨時的任用が認められるのは、〈1〉緊急の場合、〈2〉臨時の職に関する場合、〈3〉任用候補者名簿のない場合に限定され、かつ任用の期間についても六箇月を超えない期間と制限されている。

二 このような厳しい制限をかしているのは、臨時的任用制度の濫用を防止するためであり、また任用のルールの混乱を避けるとともに、臨時的任用職員の身分が不安定であるためこれが長期に及ぶことは好ましくないという趣旨に基づくものである。

三 地方公務員法が、職員の任用につきこのような厳しいルールを定めたのは、「地方公共団体の行政の民主的且つ能率的な運営を保障」するためであり、「恒常的に置く必要がある官職にあてるべき職員については、職員の身分を保障し、職員をして安んじて自己の職務に専念させ」るため、職員の任用は期限の定めのないものとするのが法の建前であることを示すものである。

従って、一般職の職員について、常勤、非常勤を問わず、その任用につき期限を付することは一般的には許されず、一般職の職員の任用につき、期限が付せられた場合、その期限の定めは、無効である。

しかし、職員の任用を無期限のものとする地方公務員法の右の建前は、職員の身分を保障し、職員をして安んじて自己の職務に専念させる趣旨にでたものであるから、職員の期限付任用もそれを必要とする特段の事由が存し、且つそれが右の地方公務員法制定の趣旨に反しない場合には許される(最高裁判所第三小法廷昭和三八年四月二日判決・民集一七巻三号四三五ページ)ものである。

四 右判決のいう期限付任用を必要とする特段の事由の有無および当該期限付任用が公務員法の趣旨に反しないかどうかについて、地方公務員法の定める任用制度を尊重するならば、期限付任用が認められるのは、問題の職について、その職の存続期間が限られている、あるいはその職の終了時期が予測できる場合で、地公法上の臨時的任用制度の活用が不適当な場合や職員の身分保障につき特別の配慮を必要としない場合に限定されるべきである。

この点では、「たとえば、もっぱらダムの建設のために任用される職員であるとか、特定の調査研究の完成のために任用される職員、あるいは勧奨によって退職した職員を期間を限って任用する場合など、任用の当初から明白に任用の期間が予定されている場合には、期限付任用を行うことも法律的に可能と解されようが、職員の身分保障との関係、終身雇用が一般に行われていることとの関係、期限の到来により当然に離職すると解されているので(行実昭三一・六・七 自丁公発第八六号、長野地裁昭四〇・二・二七決定)、法定外の失職事由を設けることとなること、退職手当や共済年金の取扱いなどの点で問題があり、さらに期限付任用が安易に行われることにより、……(本件のような)常勤的非常勤職員を発生させるおそれもあり、期限付任用はできるだけ避けるべきであって、万一やむを得ない場合も、任用期間が客観的に明白で、かつ、短期間の場合に限るべきである。また、恒久的な職への任用について特別の事情があるものを除き期限付任用を行うことは適当でないとされているが(行実昭三一・二・一八 自丁公発第二六号、同昭三二・一〇・二二 自丁公発第一三二号)、このような任用は、適、不適の問題ではなく、違法の疑いが強い。運用としては、任用期間が明白な場合でも短期間の任用については第二二条第二項または第五項の規定により臨時的任用を行うこと、または正式任用の場合には期間の到来あるいは事業の完了とともにその職を廃して分限処分を行うこと(法二八1〈4〉)がより明確であり、適切である」と考えるべきである(鹿児島重治著「逐条 地方公務員法」二一五ページ)。

右の点について、右最高裁判決のあと、数多くの下級審裁判例がつみあげられてきているが、その多くの事例において、期限付任用の繰り返しによる長期間の雇用に対する批判的態度が鮮明でなく、前述の、地方公務員法が任用制度を法定した趣旨を十分に尊重しない結果になっているかのようにみえるのは、極めて遺憾である。

五 ところで原判決は、上告人の任用に付せられた任期の定めが、地公法上許されるものであるとする根拠として、

〈1〉 正規職員である農林技師の職務(上告人の従事する職務の内容はこれとほぼ同じ内容のものであった)の性質が肉体的労務あるいは試験研究の単純な補助作業であり、その遂行に格別の専門の知識及び経験を要せず、代替性の強いものであった、このような職務については期限付任用が許される。

〈2〉 採用当時、上告人は退職勧奨年令に達していた。

〈3〉 上告人の同意があった。

の三点をあげている。

右〈1〉については、極めて不当な解釈というべきである。地方公共団体においては、肉体的労務を主とする職は極めて多く、多種多様なものがある。原判決の解釈によれば、これらの一般職の職員、いわゆる単純労務職については、無限定に期限付任用が許される結果となり、これら単純労務職に従事する職員についてはその身分を保障し、安んじて職務に専念させる必要がないということになる。これでは地公法の建前は崩壊するといっても過言ではない。

また原判決は農林技師の職務の評価について誤っている。すなわち、農林技師の職務が主として肉体的労務であることはたしかであるとしても、その遂行には特別の習熟、知識、技能または経験を要しないものではなく、従って、代替的な性質の強いものというわけではない、ということである。この点は、たとえば水稲の圃場管理作業を主たる業務とする農林技師と果樹園の管理作業を主たる業務とする農林技師との間においてさえ、その業務に代替性があるとは直ちには言い得ないことを考えれば、明らかである。ましてや原判決が言うような、「一般の人が容易にその職務に適応できる」といった職務でないことは、原審で高橋証言が詳細に明らかにしたところである。

結局原判決は、期限付任用が許される場合について、地方公務員法の解釈を誤ったものであり、前記最高裁判所の判決にも違背しているものである。

〈2〉については、農林技師については六〇才が退職勧奨年令であったとする点で重大な事実誤認があるばかりでなく、本来年令は期限付任用を許す特段の事由にはなり得ないものであり、また本件は、勧奨を受けて退職したあとの期限付任用の場合のように、身分保障につき特別の配慮を要しない場合ではないのであるから、この点でも原判決の理由付けは地方公務員法の解釈・運用を誤ったものである。

そして本件のような場合に、上告人の同意を特段の事由のひとつとして強調するのは、法の建前からも、また定年制が実施されていない事情からも、全く不当なものといわねばならない。

第二 原判決は、被上告人の取扱規程三四条二項、二九条の規定が地公法に違反しないとするが、この点でも地公法の解釈・適用を誤っている。

一 右規定を有効とする原判決の根拠は、

〈1〉 非常勤職員といってもその職種、職務内容は一律ではない。

〈2〉 本件のような、純非常勤職員の任用が地公法一七条の正式任用によるものではなく、能力の実証を経たものではない場合は、一般の非常勤職員と同列に扱うのは相当でない。

〈3〉 地公法二九条の二の適用上は臨時的任用の職員に含めるのが相当。

というものである。

二 しかし右〈2〉については、右取扱規程による純非常勤職員の任用は、地公法一七条三項但し書きの規定に基づく選考によって行われるものであり(取扱規程三二条四項、二四条三項)、正式任用なのである。そして能力の実証についていえば上告人について、少なくとも昭和四三年一〇月三一日付の人事通知書が交付された段階では、過去二年有余の勤務実績に基づき能力の実証があり、地公法一七条三項但し書きに基づいて任期五箇月の期限付の任用行為がなされたとみるべきである。

さらに、原判決は、右取扱規程による非常勤職員以外に、「一般の非常勤職員や期限付任用の職員」が存在することを前提にしているようであるが、被上告人の職員中には、そのような職員は存在しないのであって、原判決が前提とした右事実は、何らの審理にも基づかない違法な断定というべきものであり、この点では原判決は審理不尽の誹りを免かれない。

三 また〈1〉に関しては、非常勤職員といえども一般職の職員である限り、それは原則として恒久的職員であるのに、被上告人の右取扱規程は、被上告人が任用したすべての非常勤職員に対して地公法上の身分保障規定の適用を排除している(取扱規程第三四条二項、二九条)のであって、この点では明白に地公法違反(二七条)のものであり、さらに右取扱規程は、一般職の非常勤職員を一律に期限付の職員としているのであり、原則として恒久的職員である一般職の職員に関する規程として、この点でも地公法の建前・趣旨に違反しており、無効である。

従って、このような無効の規程に基づいて上告人の法的地位を定めることは許されるものではない。

四 〈3〉については、地公法二九条の二の適用上についてのみ、臨時的任用の職員としてあつかうことの合理的な根拠はなにひとつない、といわねばならない。このような取扱をするのであれば、上告人の法的地位についても、地公法二二条の臨時的任用の職員が法の範囲を越えて事実上継続的に任用されてきたものとして扱うべきではないか。

第三 原判決は、常勤、非常勤を区別する基準について何らの判断も示しておらず、上告人を非常勤職員としているが、これは理由不備というべきである。

一 被上告人は、定数条例の適用を受ける職員を常勤職員とし、これと勤務を要する日及び勤務時間の双方またはいずれか一方が異なる職員を非常勤職員としている。しかし常勤、非常勤の区別は、定数条例の適用を受けるかいなかといった形式的なことがらで決定されるべきではない。このような定め方そのものが、どのような職についてであろうと、定数職員、すなわち常勤職員と全く同様の勤務に従事させながら、身分保障や待遇面では劣悪な条件を押し付けられた非常勤職員の存在を許し、地方公務員法の建前を根底から動揺させているのである。

人事院が非常勤職員の勤務時間について「常勤職員の一週間の勤務時間の四分の三をこえない範囲内」としており、この範囲をこえて勤務する職員を非常勤職員として扱うことを禁じているのは、極めて合理的である。実際この範囲をこえて勤務する職員は、その全生活をその勤務に捧げているといえるからである。

二 この点で、上告人の勤務実態は、まさに常勤職員というべきであり、原判決がこれを非常勤職員として扱っている被上告人の態度を是認しているのは、地方公務員法の建前・趣旨を誤ったというべきであると同時に、常勤、非常勤の区別の基準について、何らの判断も示さない点において、理由不備の違法があるというべきである。

第四 原判決は、最高裁判所の判例に違反している。

一 原判決は、上告人は期限の満了により当然退職して試験場の職員である地位を失ったと判示している。しかし最高裁判所は、民間企業における「常傭的臨時工」の短期労働契約の反覆更新につき、雇用関係の実態に即して当該契約を「期間の定めのない契約」とみなし、その雇い止めについては解雇の法理を適用すべきだとした(最小判昭四九・七・二二民集二八巻五号九二七ページ)。

この結果、常傭的臨時工については、単に契約期限の到来を理由に雇い止めをすることはできず、雇い止め(解雇)するには合理的な理由が必要と解されている。

二 この法理は、本件のような常勤的非常勤職員の法的地位を考える場合にも、当然考慮されなければならない。このような職員は、その雇主が地方公共団体だという点の相違はあるにしても、その期限の定めについての実態は共通しているからである。そして、その任用が、たとえ違法であるとしても、その違法状態を惹起せしめた責任は地方公共団体の側にあるという点からも、本件のような場合には、期限の満了によって当然失職するとの解釈には何らの合理的根拠はなく、これを容認するのは余りにも均衡を欠いた態度といわなければならない。

三 さらに原判決は、「任期の定めのない任用」は厳格な要式行為であることを、根拠としているが、上告人の任用については、任用行為としての要式性は満たされているのであって、右の最高裁判決の趣旨を適用を排除する何の合理的理由もないといわねばならない。

以上の通り、原判決は、地方公務員法ならびに最高裁判所の判決に違背し、かつ理由不備ならびに審理不尽の違法がある。よって破棄を免かれない。

以上

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